ささいちの記憶
昭和と呼ばれた時代、既に半世紀以上前の20年代の笹一の様子です。

昭和15年ごろの笹一周辺です。
国道沿い手前に家がありません。。。畑ですね。。。

右手には笹子小学校の旧校舎が写っています。
現在も使用されている笹一の建物が既にあります。

笹子駅のスイッチバックの線路も見えます。
山の斜面は一部がコンクリートであとは地肌が見えています。
上下の写真の間の年数のようです。
右中ほどの家が上の写真からは増えています。
上の写真よりは新しい23年ごろの写真です。
国道沿いに従業員の社宅、右に独身寮が見えます。
つり橋の左手は豚小屋だったような記憶が・・・・

笹一の建物も現在のコンクリートの建物に建替えられています。
大きな看板も見えます。
会社敷地の左はひろい空き地だったのですね。
昭和57年ごろです。
煙突があります。
まだ、酒遊館は出来ていません。
笹子川橋も工事中です。

小学生の頃(70年代)は遊び場でした。
コンクリートで固められた敷地は格好のローラースケート場だったんです。
お酒のキャップを集めたりしていました。
研究室の前には池があったことを覚えています。
酒造りには多くの人の手がかかっていました。
お酒の貯蔵も木製の樽を使用。
フォークリフトのない時代。
製品の移動も台車での人力頼りですね。
現在の清澄室の場所ですね。
当時の従業員の集合写真?
現笹一会長(左)・故県知事であった健さん(右二人目)
かつて
都留市谷村町・富士吉田に営業所がありました。